死のドレスを花婿に

死のドレスを花婿に

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Apr 10, 2015 · Japonés · Tapa blanda (388 páginas)
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Detalles del libro

Formato Tapa blanda
Páginas 388
Idioma Japonés
Publicado Apr 10, 2015
Editorial 文藝春秋 [Bungeishunju Ltd] (文春文庫)
ISBN-10 4167903563
ISBN-13 9784167903565

Descripción

解説
 近年、日本に紹介された海外ミステリ小説で、フランスの作家ピエール・ルメートルの『その女アレックス』ほど広く読まれ、話題を集めたものは他にない。文春文庫から二○一四年九月に発売後、二週間足らずで版を重ね、「週刊文春ミステリー・ベスト10」など四つの年間ランキングで一位に選ばれたことは記憶に新しい。二○一五年二月現在、なんと四十三万部という驚異の部数に達している。
 ひとりの女性がある男に拉致されるのがこの作品の発端である。檻の中に監禁された彼女は、どうやら自分を拉致したのが何者で、その動機が何なのか知っているらしい。このままでは殺されてしまう……彼女は必死になって脱出を図る。しかし、彼女には頼るべき人間は誰もいなかったのだ。
 一方、女性が拉致されるのを目撃したという通報を受けたパリ警視庁の警察官たちは、その行方を探し、救出しようとする。だが、そもそも拉致されたのが誰なのか、情報が全くないため捜査は難航する。
 以降、二つのパートがカットバックで進行する構成なのだが、紹介して差し支えないのはここまでだ。この後には、すれっからしのミステリマニアをも翻弄する意外な展開が待ち受けているのだから。「あなたの予想はすべて裏切られる!」という帯の惹句(じゃっく)は決して誇大広告ではないのだ。
 それにしても、日本ではほぼ無名の作家、しかも最近の翻訳ミステリ界ではやや旗色が悪かったフランス・ミステリ――という条件下で、この作品が大ヒットしたことにも驚かされる。とはいえ、もともと英語圏以外で最も多く日本に紹介されていた海外ミステリはフランス産だった。古くは怪盗アルセーヌ・ルパンの生みの親であるモーリス・ルブランや、密室ミステリの古典『黄色い部屋の秘密』の作者ガストン・ルルーらが有名だし、ベルギー出身だがジョルジュ・シムノンもメグレ警視シリーズで知名度が高い。第二次世界大戦後には、『シンデレラの罠』のセバスチアン・ジャプリゾ、『死者の中から』のボアロー&ナルスジャック、『わらの女』のカトリーヌ・アルレー、『殺人交叉点』のフレッド・カサックといった、華麗でトリッキーな技巧を誇るサスペンス作家たちが次々と登場したし(連城三紀彦や小池真理子ら、多くの日本作家が彼らから影響を受けている)、彼らより下の世代の作家では、ジャン=パトリック・マンシェットやジャン・ヴォートランらの犯罪小説や、日本の「新本格」にも通底するポール・アルテやジャン=クリストフ・グランジェらの謎解き重視の小説が注目を集めたりもした。
 しかし最近、翻訳ミステリ界にブームを巻き起こしていたのは北欧やドイツ語圏の作品群である。フランス・ミステリはというと、ここ数年はフレッド・ヴァルガスやフランク・ティリエの作品が邦訳されていたくらいで、めっきり影が薄い存在と化していた感は否めない。そんな状況下、フランス・ミステリ復権の狼煙(のろし)を上げたのが『その女アレックス』だったわけである(同じく二○一四年に邦訳されたジョエル・ディケールの話題作『ハリー・クバート事件』も、フランスで刊行されたという点で仲間に入れていいだろうが、スイス人作家がアメリカを舞台とした小説ということもあってフランス・ミステリらしさは些(いささ)か乏しい)。良い作品は生み出された国がどこかなど関係なく高く評価される――それが当たり前のようでいて実際にはなかなかそうはならない場合も多いことを思えば、『その女アレックス』の大ヒットは稀有な現象と言っていいだろう。
 さて、こうして一気に日本での知名度を高めたルメートルだが、邦訳された作品は『その女アレックス』が最初ではない。著者の経歴については、本書および『その女アレックス』の訳者あとがきを参照していただきたいけれども、二○○九年にフランスの出版社カルマン・レヴィ書店から上梓された著者の第二作Robe de mariéが、同年八月に柏書房から『死のドレスを花婿に』という邦題で刊行されていたのだ。それが本書である。そもそも、『その女アレックス』が文藝春秋から邦訳されたのは、担当編集者が『死のドレスを花婿に』を読んで衝撃を受け、読んだ翌日からルメートルの新作を探しはじめたのがきっかけだという。単行本で邦訳が出た時点では本書はさほど話題にならなかったものの、『その女アレックス』の大ヒットでこちらも版を重ねることになり、今回、いよいよ待望の文庫化という運びになったわけである。なお、本書はノン・シリーズ長篇であり、『その女アレックス』のカミーユ・ヴェルーヴェン警部は登場しない。
 物語は全四部から成っており、第一部はソフィー・デュゲという女性の行動を追うかたちで進行する。順風満帆の人生を送っていた筈の彼女は、いつしか記憶障害に悩まされるようになっていた。日常の細々(こまごま)とした記憶が失われることが度重なり、苦しみに満ちた日々を送っていた彼女が、ようやくありついたのはベビーシッターの仕事。次期閣僚候補と目される有力者のアパルトマンに通い、六歳になる息子の面倒を見ることになったのだ。ところがある日、疲れ果てて眠りに落ちた彼女が目を覚ますと、そこには他殺死体があった。誰もアパルトマンに出入りした形跡がない以上、犯人はソフィーしかあり得ない。しかも凶器は彼女自身の靴紐。無意識のうちに、自分は人を殺してしまったのだろうか……。言い逃れ不能の窮地に陥ったソフィーの逃亡生活がその日から始まる。夫と母は既に死んでおり、唯一の肉親の父にもそう簡単に連絡を取るわけにもいかない。ソフィーは身元を偽りながら警察から逃げ続ける。そして、彼女の行く先々に、次々と無残な死体が転がるのだった。
 恵まれた境遇だった女性がすべてを失い、連続殺人犯として追われる身に……まさに天国から地獄へ真っ逆さまの極端な転落である。しかも、彼女の曖昧な記憶には「ハンドルに覆いかぶさった血まみれの夫の身体」「階段の踊り場から義母の背中を押し飛ばした」など、何やら不穏な過去の断片的イメージが頻出する。果たして、ソフィーは夢うつつのうちに凶行を重ねる殺人鬼なのか。しかし、自分が殺人を犯したことすら、そう都合良く忘れてしまうものだろうか……と、読者は彼女の精神が狂気と正気のどちらに傾いているのかを判断しかねながら読み進めることになるだろうが、ここまでならサスペンス小説を読み慣れた読者にとって、さほど目新しい導入部とは言えないかも知れない。問題はそこから先である。『その女アレックス』の展開を途中からは絶対に触れてはいけないのと同様、本書の場合も、第二部以降の展開についてここで紹介するわけにはいかない。何しろ、「そんなのあり?」と呆然とするほどの衝撃的な事実が待ち受けているのだから(しかも、第一部のそこかしこで少なからぬ読者が覚えたであろう「この描写はどういう意味だろう?」という微かな違和感に、ちゃんと説明がつくようになっている)。『その女アレックス』とは異なり、過激な残虐描写があるわけではないものの、事件の背後で蠢(うごめ)く悪意のどす黒さにおいては些かも見劣りしない。どんな読者にも「こいつだけは許せない」と思わせるような桁外れの悪を描くのがルメートルは抜群に上手いのである。
 そして、邦訳された著者の二作品を続けて読むと、そこには幾つかの顕著な共通点があることに気づかざるを得ない。ひとつはもちろん、予想不能の意外な展開で読者を翻弄する小説作法だが、何故予想が難しいのかといえば、著者が登場人物を生ぬるい境遇に置くことを絶対しないからでもあり、登場人物そのものが、常識的にはそこまでやらないだろうという極端な行為に平然と手を染めるからでもある。天国から地獄へ、あるいは地獄から天国へ――バロック絵画の鮮烈な明暗対比(キアロスクーロ)のような登場人物の境遇の乱高下によって、読者の感情もまた激しく揺さぶられる。ルメートルという作家にとって、極度の意外性を重視したプロット作りは、何よりもまず読者の感情に揺さぶりをかけるためのものなのだ。
 次の共通点は、最初は捉えどころがないイメージで登場するヒロイン像である。アレックスが、読み進めるにつれて印象が変わる、一筋縄では行かない女性だったのと同じように、本書のソフィーも、一体どういう女性なのかと読者をとことん困惑させた果てに、“その女ソフィー”と呼びたくなるような鮮やかなイメージを刻みつけて物語世界から去ってゆくのだ。アレックスとソフィー、彼女たちの性格に共通するのは、圧倒的な力で押し寄せる運命に流されることなく、いかなる屈辱や窮地にもしぶとく立ち向かってみせるタフネスである。『その女アレックス』同様、本書もヒロインの描き方が生彩を欠いていたならば、きっと作品全体の魅力が半減していただろうと思うのだ。
 更に、「事件が解決してめでたしめでたし」などと単純に言ってはいられない、読者の倫理観を厳しく問いつめるような幕切れにおいても、ルメートルの二冊の小説は大きな共通性がある。『その女アレックス』のあの決着については、「果たしてこれでいいのか」という疑問が湧いた読者もいた筈だ(湊(みなと)かなえのベストセラー『告白』の結末についての感想が分かれる現象に似ているかも知れない)。本書のほうは、恐らく『その女アレックス』に較べれば決着に抵抗感を覚える読者は少ないと予想されるけれども、その手段を選ばぬ「目には目を」の苛烈さはなかなかのものである。暴虐の限りを尽くす悪に対する「こいつだけは許せない」という感情と、「だからといってこの手段はフェアなのか」という理性のあいだで、読者は揺さぶられ、自らの倫理観を問い直さざるを得なくなるだろう。いや、そのように感情と理性を冷静に天秤にかけている場合なのか、ひとりの人間を見舞ったこれほど残酷な運命を目の当たりにして、倫理がどうのという綺麗事を言っている場合なのか――という思いさえ抱く筈だ。生身の人間ではなくフィクションの登場人物に対してそのように感じるというのもおかしな話だが、そう感じさせるだけの生々しい存在感をルメートルの描く人物が具(そな)えているのも間違いないのである。
 ともあれ、『その女アレックス』を既読の方は、是非本書も手に取っていただきたい。超弩級(どきゅう)の意外性と、胸を掻きむしられるような情動を兼ね備えたあの読書体験を再び味わえるのだから。そしてもちろん、『その女アレックス』を未読の方にも本書を読んでいただきたい。世界にはまだまだ凄いミステリ作家がいるという新鮮な発見をこれから体験できるのだから。 千街晶之ミステリ評論家本の話WEB
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